ホームレスのおじさんにクリスマスプレゼントをあげた話。

去年の今頃だったな、と読み返してみたら

ちょうど去年の今日だった。

橋のたもとの小さな緑地に住むおじさんに初めてカイロを持っていたのだ。

あの時は本当にドキドキした。

勇気を振り絞って声をかけたのだった。

おじさんとは、その後もちょくちょく交流している。

夏の間は、暑さと蚊と匂いでちょっと足が向かなかったけど

やっぱり寒くなってくると心配で

最近は週に一回くらい、スープやらなんやらを持って行ってる。

先週、急に寒くなった日、カップ麺とお湯を持っていった。

お湯は水筒に入れていった。

もう使ってないから、あげてもいいやと思ってるのだけど

おじさんはいつも律儀に返してくる。

今日は「こんちわー」と声をかけると、

「おー!」と待っていたかのように私の水筒を振ってみせた。

そして

「この水筒のフタのゴムがなくなっちゃってさー、

3日間必死で探したら、水筒の中から出てきたんだよ!」と

すごい勢いで話してくれた。

なんかの拍子に中に入ってしまったようなのだ。

不思議なこともあるものだが。

で、「お嬢(おじさんは私のことをお嬢と呼ぶ)に怒られる!」と

必死こいて探した・・・らしい。

今時、子供が水筒のキャップを失くしたって怒らないよ・・・。

「それで3日くらい探すのにすごい忙しかったよー」と話すおじさんの顔は

なぜかすごく充実しているようにみえた。

やること、やらねばならぬこと、それを仕事というならば

仕事があるってことはすごく張り合いのあることなんじゃないだろうか?

と、私は思った。

まあ、それはいい。

そのゴムのパーツが水筒の本体に入ってることは

水筒を振ってみたらカラカラと音がしたので気がついたのだそうだ。

それで、取り出すために飲み口に棒を突っ込んで

取り出したのだという。

ここ、開くよ?といって蓋を開けて見せたら

「開くのかー!」とびっくりするやら、呆れるやら。

こんな細い飲み口から熱いお湯を入れるわけないでしょ?と言ったら、

「んだなー」と納得して、2人で笑った。

この一年で、おじさんとの付き合いかた、距離感というものを

自分なりに掴んだ気がする。

これはホームレスのおじさんとの距離感っていうだけでなく

人との距離感はこれでいいのだということを

私が学んだってことなんだろう。

何かをしてあげなくては、という気持ちが

義務感になってしまうのが怖かったのだ。

それは義務感なんじゃない?という疑念がわくと

自分が偽善者みたいに感じるし、

義務感を払拭するために一生懸命になると

今度は責任感に押し潰されて全部ダメになってしまう。

そして一番悪いのは、このサイクルがわかってるから

何も行動しなくなってしまうことだ。

かわいそう、とか、寒いだろうなっていう

人間的な感情が芽生えたときに行動すればいいのだ。

その感情に鈍感にならないようにしたらいいのだ。

それはメンタルのことなんだけど、

同時にフィジカルでもある。

うまく言えないけど。

で、今日は何の用事でおじさんのとこに行ったかというと

クリスマスプレゼントを渡しにいったのだ。

ユニクロの靴下。

「ありがとねー!」といって受け取ってくれたけど、

果たして使ってくれるのだろうか?

まあ、それはどうでもいいのだ。

私があげたかっただけだから。

ホームレスに新品の靴下?

使い古しでいいんじゃないの?

と、私の中にもそういう声は確かにあるのだ。

でも違うの。

どんな人間だって、新品の靴下をもらうに値するってこと、

それを私は信じたい、ということだと思う。

この記事を書いた人

リョウコ

1974年生まれ。子供が2人と旦那が1人で、東京都在住。
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