娘にムカついて、自分が5年生の時の担任を思い出した

 

最近、娘が勉強を全くしないので、私はイライラしまくっていた。

 

勉強をしないから、というよりは

ゲームとYouTube以外の時間がほとんどないということに

苛立っていたのかもしれない。

 

3年近く続けていた英語も結局やめてしまった。

 

学校には週に1日行って、担任の先生に課題を出してもらってるのだが、

それも最近は真面目にやってない。

 

本も読まない。

 

そして当然、朝も起きてこない。

 

 

そんな娘が先日いきなり朝6時に起きた。

私が起き出した頃には、すでにテレビでYouTubeを見ていた。

夜12時近くまでYouTubeみながらゲームやってた人が

早起きしてまたYouTubeである。

 

私は胸くそ悪くて、沈黙してしまった。

 

一通り、無言で家事をしてから、幼稚園に行く息子を起こす時間になったので

娘に「そろそろテレビ消してくれる?」と声をかけた途端、

抑えていた怒りが口から溢れ出てしまった。

 

15分ほど、無意味なお説教をかましたら、

娘はさすがにしゅーんとなって自ら着替えを出して、

歯磨きをしてご飯を食べた。

 

私のイライラは収まらなかったけど、

なんとか感情的に怒ることなしにやり過ごした。

 

そして息子は幼稚園に行って、午前保育の日だったので

お昼には帰ってきた。

子供たちの昼食を作っていたら、

娘が息子と楽しげにふざける声が聞こえてきた。

さっきまで、シュウン・・・としていた娘である。

息子が帰ってきた途端、ギャハハ笑いでもう元の通りだ。

 

苛立ちが収まってない私は、娘に対して

「勉強もしないで、なに遊んでるんだ!」という

激しい憤怒の感情が湧き上がったのだ。

 

言葉にはしなかったけど、侮蔑を含んだ眼差しで娘を見やってしまった。

 

そして、それと同時に思い出した。

 

私が五年生の時、私もやはり娘と同じく勉強をしない子供だったのだが、

算数が全く理解できず、先生に授業中に吊し上げられたことがあった。

 

うつむいて無言でやり過ごすしかない辛い時間が過ぎて、

休み時間がきた時に友人たちとふざけていたら

その先生に「お前は遊ぶな!」と言われたのだった。

 

先生、こういう気持ちだったんですねえ・・・。

今なら、私にも先生の苛立ちは理解できます。

やるべきことをやらずに遊んでばかりいる子って相当むかつきますねえ・・・。

 

でも私は先生に「遊ぶな!」って言われた時の哀しみをよく覚えている。

その出来事自体はすっかり忘れ去っていたけど

感情だけは昨日のことのように蘇る。

 

授業が理解できなくて、みんなの前で恥かいて

授業が終わってもまだ辱めを受けて。

今だったらモラハラ案件だと思う。

 

そして私はこの出来事を期に奮起して勉強を頑張った・・・

なんてことは全くなく、この後も授業は上の空で

ひたすら遊ぶことだけを考えていたのでした。

つまり先生が「子供の為」と思ってした行為は、

子供には全く通じていないばかりか、

かえって心の傷になり何十年も後に掘り返されることになるのですよ。

 

なんだろう。

勉強ができないことをなじられたというよりは

「ありのまま」の自分を否定された感覚として今は感じられるのだ。

 

そういう出来事は学校生活の中で幾たびもあった。

その度に自分が悪い、自分が欠陥人間なのだという認識を深めたのだろう。

そういう私が大人になって、娘を見て「遊ぶな!」と思ってしまうのだ。

 

娘は全然悪くない、って思えないのだ。

だって、そういうふうに育ってきたから。

 

私自身は、その5年生のときのショックな出来事を

親に話した記憶はない。

昭和時代の大人たちは子供の精神世界には全く無頓着だったと思う。

傷ついた、なんてことを話すことは出来なかった。

大人がそういうのだから、自分が悪いんだって思っていた。

そうやって自分の感情を何か別のものとすり替えていくことで

生きてきたのだろう。

 

もしも「ありのまま」の自分を否定されないで成長できてたら、

私はこんなにも世界が敵だらけだとは

思わないで暮らせたのではないだろうか。

娘がこのまま勉強をしないで、

ちょっと大変な状態で社会に出ることになるとしても

「社会は敵ばかりである」という認識で出ていくのと

「誰かが助けてくれるだろう」と思って出ていくのでは

ずいぶん違うのではないか。

 

まだまだ苛立ってしまう私だが、

このことがきっかけでフレームが変わりつつあると感じている。

私は悪くなかったんじゃないか?って今は思ってる。

 

そして、(否定された)自分を基準にして減点方式で娘を見ていたのだのだろう。

 

あほらしい。

娘は生きてるだけで満点なのに。

この記事を書いた人

リョウコ

1974年生まれ。子供が2人と旦那が1人で、東京都在住。
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