娘が「私なんてかわいくない・・・」と言い出した

「私なんてかわいくないから」

「自分のブース!」

などと、うちのかわいいかわいい小学校3年生の娘っ子が

言い出した。

 

もちろん、親だから、自分の娘は誰よりもかわいい。

内緒だけど、他の子と比べてもかわいい、と内心思っている。

 

少なくとも自分の子供時代と比べたら

月とすっぽんくらい、かわいい。

 

でも、私がいくら「あなたはかわいいよ」と言ったところで

彼女にとってはあんまり意味はないのだろう。

 

そりゃあ、「そうだねー、かわいくないよねー」と同調されるよりは

全然マシな対応だろうけど。

 

かわいい、かわいくない、など

人の見た目を重要視して人物を評価することを

ルッキズム(外見至上主義)と言います。

近年では、社会における様々な差別・偏見の一形態と考えられています。

 

それにしても、9歳にしてルッキズムの呪縛に絡めとられようとしているのか。

 

昭和時代の小学生だった私は、

9歳のころ鏡を見ては「私ってかわいーなー」とうっとりしていましたけど。

 

自分の好みの顔、かっこいいと思う男の子が

世間では決してかっこいいとか、かわいいとか

言われていないってことに気がつくのは、

もうちょっと先の話ですね・・・。

 

かわいくない、の呪縛にかかると自己肯定感を

著しくそがれるから親としてはなんとかして

それを否定しなければと1日考えて、思った。

 

私自身もまだルッキズムを内面化していて、

その物差しを時に使っている。

 

若い頃に比べれば、顔の良し悪しなんて

評価項目の一つに過ぎないけれど。

 

例えば、私の大好きなエレファントカシマシ宮本浩次さんですが、

私はとってもかっこいい!と思ってるんだけど、

私の母は

「あんたは昔からじゃがいもみたいなのが好きねえ」

と言い放ちました。

 

好きなのは、見た目じゃないよ?

でも、サイコーに腹が立つ!

そして見た目もかっこいいと思っているのに、

(え。。。? 一般的にはカッコよくないのか・・・)と思ってしまったじゃないか!

 

未だに、自分だってルッキズムを克服できてない。

 

もっと力強く、これはかっこいいんだ!

私にとって、これはサイコーなんだ!って言いたい、

けど、なかなか言えない。

 

娘に芽生えたルッキズムの萌芽を否定しても

なんの意味もない。

だって、いくら「ない」と言ってみても

それは社会に氾濫しているのだもの。

 

社会全体がルッキズムを克服しようという意思をみせないと

どうにもならないのだろう。

 

それは例えば、男の子が女子に「ブース!」というのを

見かけた時には全力で叱るとか。

私も、他所様の子の外見をとやかく言うのとかやめよう。

 

社会の変容をまっていたら娘は大人になっちゃうから、

まずは自己肯定感をすり減らさないように

「あなたは素晴らしい」と言い続けて、

逆呪縛をかけようと思う。

 

そしてまずは自分の中にあるルッキズムを始めとする様々な偏見から、

自分自身が自由になりたい。

自分の物差しで世界を見たいのだ。

それは自分を取り戻すってことだと思う。