『ちゃんとして』ない娘から『ちゃんとして』なくて大丈夫ってことを学んだ

不登校娘の毎日を紹介しよう!

9月に入っても、娘は学校に行っていない。

娘の日常はこんな感じ。

 

😇朝は10時くらいに起きる。

😇一応、14時くらいまではお勉強する約束になってるので、

チャレンジタッチでお勉強している。

しかし、気が乗らない時はやらない。

😇食事は自分で用意することが多い。

娘は料理が好きなのだ。

一緒に夕ご飯を作ったりもする。

😇気が向いたら、近所の児童館に一人で出掛ける。

😇気が向いたら、弟の幼稚園のお迎えに一緒に行く。

😇気が向いたら、小学校のお友達と遊ぶ。

😇何も気が向かない時は、ユーチューブを見たり、

スマホでゲームをやったりしている。

😇夜は11時ごろに寝る。

 

おそらく、娘が不登校になる前の私だったら、

このような生活は全く受け入れることが出来なかったであろう。

 

というか、このような事態を最も恐れていた、と言っても過言ではない。

 

夜更かし、朝寝坊。

勉強をしない。

ゲームとインターネットを際限なくする。

日々のルーティンワークがない。

運動不足。

 

一言でいうと、『ちゃんとしてない』生活である。

 

娘にどうあって欲しいのか?

 

私も不登校が始まった時は、

「家にいてもいいけど、『ちゃんとして』よね!」

よく怒り狂っていた。

 

そんな時娘は、黙ってしまう。

 

あまりにお説教が長いと、ぎゃーっとなって、

とーちゃんの部屋に避難したり、

どっかの部屋に篭ったりして、

いなくなってしまう。

 

一時期は本当に、娘との信頼関係が

壊れてしまうのではないかと思った。

 

娘が、みっともなくて、情けなくて、

何をしてても、叱りつける理由を探してしまっていた。

 

お説教や恫喝が何の改善ももたらさないことは

もはや自明だったので、

いったい私は娘とどういう関係を構築したいのだろう?

という所から考え直してみた。

 

娘を支配下に置きたいのだろうか?

 

何でも素直に言うことを聞く人間に、

娘を仕立てあげたいと、私は思ってるのだろうか?

 

そんなことは断固としてありえない!

自由を愛する私は、娘にも自分の頭で考えて

自立した、自由な人生を謳歌して欲しいと常々願っているはずである。

 

しかし、そんな理想とは裏腹に、

やっぱり自分の奥底には、

子供を『ちゃんと』管理して、『ちゃんとした』行動を取らせなければ・・・

という願望があると認めざるを得なかった。

 

じゃあ、自分は『ちゃんとしてる』のか?というと、

もちろん、全然、『ちゃんとしてない』のである。

 

私自身が、『ちゃんとしてない自分』が嫌で、キライで、

『ちゃんとしてない自分』の姿を、娘の中に見出して、

娘を嫌悪してしまっていたのだな。

 

ここまで、自分で考えて気が付いたので、

自分偉いな・・・と思った。

偉い自分はもちろんキライではない。

私はもともと、自分のことを結構好きである。

 

問題は『ちゃんとしてる/してない』の部分だな。

 

『ちゃんとしてる』の罠

以前に、おとーちゃんに、

「気が付いてないかもしれないけど、君は『ちゃんとしてる』とか

『ちゃんとしないと』とか、すごく口にしてるよ。」

というようなことを指摘されたことがある。

 

その時は、(そっかな〜?)と認めたくない気分だったのだが、

確かにそうなんだろう。

 

『ちゃんとしてる/してない』が、私の中では価値が高い。

 

それは、『ちゃんとしてない自分』がバカにされたり、

侮られたりした経験から来るのかもしれない。

 

自分がちゃんとしてたら、

きっとこういう扱いは受けないんだろうな〜みたいなことが

たくさん、あったんだろう。

 

娘にはそうあって欲しくない、と思ってしまった。

 

そんで、ここまで考えて思ったことは、

実は世間的には、『ちゃんとしてる/ちゃんとしてない』は

大した問題じゃないのではないか?ということ。

 

いや、ほんとは違うかもしれないけど、

少なくとも、私が、ちゃんとしていようがいまいが、

世間的には、どっちでもいい。

 

そして、私自身もまた、本当は

『ちゃんとしてる』ことを、とっても、軽視しているのだ。

だって、なーんにも、『ちゃんと』出来ないんだもん。

 

本当にそれが大事なことだって、

本気で思っていたら、もっと必死こいて

『ちゃんと』すると思う。

 

だからこの『ちゃんと』問題は、

私の世間に迎合したがる性質からきている、

と私は結論しました。

 

この迎合体質は、小さい頃からの習い性で、

気を付けていても、すぐに顔を出す。

こいつは本当に厄介な奴。

本当の敵はこいつなのだ。

 

そんな事に気が付いたら、

娘の事が愛おしく感じられるようになった。

 

この時間は娘からの贈り物だな

 

全然『ちゃんと』してない娘だけど、

この人にはのびのびと、

自分を愛することのできる人に育って欲しい。

 

こんなこと、娘が普通に学校に行ってたら、

絶対に考えが至らなかっただろう。

 

二年生といっても、まだ幼い子供で、

親の存在はかなりのウエイトを占めている。

 

この時期に、子供と向き合う機会があって本当によかった。

 

子供が成長するにつれて、

子供のことを理解するのはどんどん困難になっていくだろう。

 

もし私が考える『ちゃんとした』人間像を

彼女に押し付け続けていたら、

きっと成長するにつれて歪な人間になって、

そして、いつか破綻して、途方にくれてしまっていたに違いない。

 

想像して、戦慄してしまった。

そんな恐ろしい事態を前にしたら、

学校に行くとか行かないとかが

大した問題とは到底思えない。

 

最後に。

こんな事言ったら、みんなに笑われるかも、と思っていることが一つ。

 

学校に行かなくなって、

娘の笑顔が戻った。

 

これが本当にうれしい。