学校行かなきゃダメとも思ってないから、説得力がないな

娘8歳の憂鬱

 

娘は二年生になり、学校はすっかり楽しくない様子だ。

一ヶ月に二回くらい学校を休んでる。

今日は、早退してきた。

 

色々理由はあるんだろう。

 

私はさほど深刻な問題とは思ってないんだけど、

でも、楽しく学校に通えるならば、それに越したことはないとも思う。

 

うちの小学校は、集団登校なのだが、

登校班の年長者が意地悪だからと言う理由で、

娘は1年の時から班登校をしていない。

 

一年生に意地悪する高学年のお姉ちゃんがいるってのが

もちろん一番問題で、悪いのだが、

娘はそういうの、とっても我慢できない性格なんだとも思う。

 

嫌がらせを受けても、我慢してやり過ごす子もたくさんいるんだろうし。

 

クラスの子に、なんかキツイこと言われると、すぐに泣いてしまう。

拒絶されるのとか、すごく嫌いなんだろうなあと思う。

言い返すとか、受け流すとかでなく、泣くっつうとこが彼女らしい。

 

あと、2年生になって担任が

180センチ超えの50歳の先生になったんだけど、

『デカイ声で怒るから怖い』そうだ。

『先生は、朝から溜息ばっかで、ずっとお説教している』

 

ほほう、そりゃあ、いやだねえ・・・

 

私だって、そんなデカイ男性にデカイ声で怒鳴られたら、そりゃあ怖い。

大人の私だって怖いんだから、子供だったらお腹痛くなっちゃうよね〜

 

わかるわ〜その気持ち。

 

こんな娘のタワゴトに、何を甘ったれたことを言ってるんだ、

そんなことではロクな大人になれないぞ!

と思う方もいらっしゃるかもしれませんね。

 

嫌なやつなんてどこにでもいるんだから、

我慢できないと社会生活に適応できないのでは、

と心配されるかもしれません。

 

でも、私だって決して楽しく学校に行ってたタイプではなく、

まあロクな大人でもないのですが、

人生それなりに希望を持って楽しく生きています。

 

だから学校は・・・それなりに・・・

行きたい時に行けばいいんじゃない?とか思ってしまうタイプ。

 

嫌なことは嫌だって言って良いんだ

 

私の幼少時代は、まあ昭和の終わり頃ですが、

大人と子供って今よりももっと明確に線が引かれていて、

子供は大人の言うことを聞いてればいいの!

って感じだったように思います。

 

私自身は、ぼーっとした子供だったから、

漠然と、学校は行かなきゃならないもの、

不満は述べてはいけないものなんだろうなあと

思っていました。

 

子供に人権なし、みたいな?

まあ、そこまでひどくはないけど。

 

子供の不満って、非常に軽い扱いだったような気がします。

 

子供時代に「いやだ」とか「おかしい」とか感じたことを

これは言っちゃいけないんだ、

こう言うことを言うとみんな困っちゃうんだ、

って自分の感情を押し殺してて、

そういう癖がついちゃってるから、

怒るべき時に怒れない、嫌だって言えない、

そういう大人になってしまったような気がします。自分が。

 

大人になるにつれて、自分の感情を訴えることは

正当なことなのだと気がついて、

少しずつ表明できるようになった。

それでも長年の思考の癖で、

「嫌だ」って言ったらみんな困っちゃうかな?

とか、嫌われちゃうかしら?といつもどこかビビっています。私は。

 

だから、子供たちには、

嫌ならば嫌って主張していいんだよ!と言ってあげたい。

 

自分の感情を、既存の制度に合わせるなんてこと、本来しなくて良いんだよ!

と言ってあげたいのです。

良い子にならないで

でもね。

それはそれとして、学校行ってくれると、

お昼、作らなくて良いし。

一応、学校では勉強してるみたいだし。

私も一人の時間が欲しいし。

楽、なんすよね、実際。

だから、楽しく学校行ってくれないかなー?

というのが私の本音です。

 

それぞれの立場で、それぞれの要望があるということです。

 

そう考えると、

先生からしたら、わがまま言わない素直な子が

扱いやすいというのはよくわかる。

 

でも先生にとって好ましい人物になったからといって、

それがなんだって言うんだろう?

自分の人生、学校や先生が責任とってくれるわけじゃなし。

 

もしかしたら、私は、いや私たちは、

「素直で良い子でいたら誰かが責任とってくれる」と素朴に思い込んで

大人になっちゃったのかもしれない。

 

年金だってさあ。

素直に納めてたら幾ばくか貰えるんだろうと思ってたわけじゃん。

やっぱ払えません、と言われても

やっぱりねー、そうだと思ってたわ〜www

とか言って、妙に物分りが良く。

怒るということ(つまり自分の感情を表現するということ)が

できなくなってしまっているのではないだろうか。

 

45にもなる私が今更、

自分の感情に正直な、我儘で不親切な人物になるのは

ちょっと無理かもしれないけれど、

娘や息子たちには、日本的集団主義に

無意識に浸らないで欲しい、と願っている。

 

義務教育の期間に、自分の感情に蓋をするような技術を

身につけてしまわないようにと願っている。

 

それは楽しい小学校ライフと両立しないものでもあるまい。

子供たちには、楽しく、自分らしく生きていって欲しい。