私の嫌いな絵本

子供と一緒に図書館へ

こないだの土曜日、久しぶりに、子供達を連れて図書館に行った。

普段は、子供達がいない平日の昼間に一人で本を借りに行く。

 

子供がいると、自分の読みたい本を探せないし、

息子は目についた本を、吟味せず片っ端から「借りていく!」と言うし、

娘はその場で読み始めてしまうので、いつまで経っても帰れないのだ。

 

そんな訳で、何だかミョーにハイテンションの子供達を連れて図書館に。

 

息子は、絵本コーナーに着くとすぐに、カブトムシの絵が表紙に描かれている絵本を、

「これ、読んでー!」と持ってきた。

 

一見して、(これを読むのか・・・)とげんなりさせられる絵だったのだが、

もしかしたら意外に面白いのかもしれないし、と気を取り直して読んだ。

 

ストーリーはこうだ

ちびっこカブトムシが、樹液を吸っていると、大カブトムシと大クワガタたちが来て、

どけよ、と追い払われてしまう。

 

悔しいちびっこカブトムシは、老カブトムシに手ほどきをうけ

体を鍛えて強くなる。

 

もうちびっこじゃないぞ、みてろよ!と奮起したところに

あの、ちびカブトを追いやった大カブトムシが倒木の下敷きになって

身動きが取れず困っている、という知らせ。

 

急いで駆けつけるちびカブト。倒木があまりにも巨大なので

誰もが動かすことは無理だと諦めていたが、

ちびカブトは、「僕が助ける!」とひとり倒木の下に潜り込み、

ツノで押し上げようと渾身の力を振り絞る。

 

それを見て、「俺たちも手伝うよ!」と大クワガタたち。

 

みんなの力を合わせて、倒木を動かし、大カブトムシを救出することが出来ました。

後日、みんなと仲良く樹液を吸うちびカブトの姿が描かれて、おしまい。

 

(あー、つまんなかった・・・。)と思っていたら、息子が「借りてくー!」と言うので、

「他のも見てみようよ〜」とはぐらかし、忘れた頃に棚に戻しといた。

 

息子は、虫や車やペンギンが好きなので、そういった絵本だったら

なんでもオッケーなんです。

嫌いだと言わせてもらおう

今までも、(私この本、とってもキライ・・・)と思う絵本には度々出会っている。

でも今までは、キライというのはかわいそうだから

「あまり好きじゃない」とか、「良さがわからない」とか

あくまでも「自分側の問題として好きになれない」という態度で接してきた。

 

ここにきて、絵本のなんたるかを多少学び、考え、

そして私は言い切ってしまって良いのではないかと思った。

 

「私は、こういう絵本は、キライだ。」と。

 

「アタシ、この本、キラーイ」という感情的なやつではなく、

「私はこの絵本が嫌いです。なぜなら・・・」とちゃんと説明出来そうなのだ。

ありのままのちびカブトでは受け入れられない

小さくて、弱いちびカブトは、理由なくエサ場から追い払われる。

しかも、助けてくれる者や抗議してくれる者は誰もいない。

 

そんな中で、ちびカブトは「自分が弱いからいけないんだ。」と自分を納得させ、

強くなるべくトレーニングを始める。

 

ちびカブトの前向きさには救われるけど、

これは単に、いじめられる側に問題を押し付けているだけではないか。

 

さらに物語の終盤では、ちびカブトは、大カブトムシの窮地を救い、

力が強くなったことをみんなに見せつける。

 

ちびカブトは強くなって、人の役に立ち、初めて仲間として受け入れられたのである。

 

どんだけ上から目線の集団なんだろう。まるでニッ○ンのような社会である・・・。

 

この絵本を読んで、先日ツイッターで見かけた在日韓国人の男性のツイートを思い出した。

 

小さい頃から日常的に、嫌がらせや罵倒を受けて育ったけど、

身長が180センチ超えた頃から、面と向かって嫌がらせされることはなくなった、

という趣旨のことが書かれていた。

 

大カブトムシや大クワガタにとって、ちびカブトはちびで弱いからいじめて良い存在だった。

強くなったら怖いから、もういじめない。

 

こういうの、なんていうんでしょうか?

そう、「弱い者いじめ」っていうんですよね!

「みんな、仲良くしましょう!」という呪い

こんな弱い者イジメ社会に関わりたくないけど・・・、

でもラストのシーンでは、ちびカブトは、大カブトや大クワガタたちと

仲良く楽しそうに樹液をすすっている。

 

嫌な奴と仲良くする必要ないじゃん、と私などは思ってしまうのだが、

日本の絵本は、最後はみんなで仲良く〜しました。おしまい。というパターンが

ほんと、好き。

 

小さい頃から、この同調圧力を至るところで刷り込まれているから、

子供に絵本を読みきかせる大人も、不思議ともなんとも思わなくなっているに違いない。

 

このちびカブトムシのお話、ちびカブトが主人公なのに、

彼の心理・感情はまるでないもののように扱われていると思う。

 

いじわるされたら、なぜ?、悲しい、悔しい・・・など色んな感情になるはず。

そして、いじめっ子が窮地だと聞いたら、やっぱり葛藤があるだろうし、

助けてやったから仲間だって言われても、「?」って感じではなかろうか。

 

この絵本は、ちびカブトのお話ではないのかもしれない。

 

施政者が集団を扱い易くする為に

「こういう行動が推奨されます。」と喧伝する目的で描かれた、

いわば道徳の教科書的なサムシング。

 

個人の内面を無視して、推奨される行動規範についてのみ描かれた絵本を

幼い頃から無意識に摂取していると、自分の感情を軽んじて、

集団の利益を常に優先するような人間に育ってしまうのでは、と私は危惧する。

 

考えすぎだろうか?

でも、大げさな話では無いように思う。

夢や理想を語りかけよう

別にちびカブトのような絵本が、数多ある絵本の中に多少あっても

目くじらを立てるようなことではないとも思う。

 

しかし、幼稚園で月一配本されるチャイルドブックなんとかとかいう

薄い絵本は、恐ろしいことにほとんどこの手の粗雑な絵本である。

 

絵本を読むような年齢の子供のいる親は、

多くはまだ親になって日も浅く、試行錯誤の毎日を送っている。

 

日々、初めての経験の連続である。

 

自分の子どもと他所様の子が揉め事を起こした時、

その都度その都度、対処の仕方は異なる。

 

子育てに、決して正解はないんだと思う。

 

確たる自身の哲学があって子育てしている親ならともかく、

大抵の親は、悩みながらベターな選択を模索しているといえよう。

 

そんな時、子供と一緒に読んだ絵本だって頭によぎるかもしれない。

 

みんな、仲良くするのが一番なんだよなあって。

 

それで、とりあえず「ごめんなさい」って子供に言わせて丸く収める。

 

納得しない子供には「お前が弱いから悪いんだ。」って

言い聞かせてしまうかもしれない。

 

だから本当は、親こそ、絵本をしっかり吟味して、

読み聞かせた絵本に対して、なんらかの感想をもつべきなんじゃないか。

 

それが、「この絵本は好きじゃない。」でもいいと思う。

こうではない世界、を想像するのが絵本の役目なのかもしれない。

 

絵本を通じて、自分の価値観を語ること、

それは多分、子供達の生きる、未来の社会を語るってことなんだと思う。