『ママがおばけになっちゃった!』を娘が幼稚園で読んでいたので感想を聞いて見た。

先日の、のぶみさんの絵本、

娘は幼稚園で読んだそうです。


幼稚園には当然ある

 

「あたしおかあさんだから」についての記事を

書いてる時に、のぶみさん著の大ベストセラー絵本、

『ママがおばけになっちゃった!』を引用して、

その時に使った画像がデスクトップに残ってました。

 

娘が今日、目ざとく見つけて、

「この絵本、読んだことある!」と言いました。

 

実は、先日幼稚園の公開保育の時に

幼稚園にもあるのかな〜?と本棚を見てきたのですが、

見つけることが出来ず、絵本の部屋もあるから、

そっちにあるのかもな・・・と思っていたのです。

 

「えー?いつ読んだの?最近?」と聞くと、

「最近じゃないよ。あんずの時。」

 

あんずというのは、年中の時のクラスです。

 

「先生に読んでもらったの?」

「いや、自分で読んだ。」

 

本当か・・・?

 

文字は年少の時から読めるけど、

ほとんど謎に包まれた読解力の持ち主なので、

年中の時に自分で読んだ本をどのように理解してるのか

そっちの方が興味津々です。

娘による解説と感想

 

「私読んだことないんだけど、どんな話なの?」

「えーーーとねえ、鼻くそを、ママに食べさせちゃうんだよね。

あーん、って・・・」

そーいう話なのかーーーい!

 

「鼻くそ食べて、ママがおばけに?」

「そーいう話じゃ、なくて!」

あ、そうすか・・・。

 

「その子がね、おばあちゃんと住んでんのよ。」

「ほほう。普通に?」

「おかあさんは、おっちょこちょいで。」

「あー、餅が喉に詰まったりとか?」

「そーじゃなくて!おっちょこちょいで、車の事故で!」

「交通事故。」

「交通事故で死んじゃった。」

 

まさにそのくだりは、ネットで見たんですよ!

 

「冒頭、お母さんが事故であっけなく死ぬ。

それをおっちょこちょいの一言で済ます。」というように

ブログで書いてる方がいました。

 

結構、正確に覚えてるんだな。

 

「それで、鼻くそを食べさせる、と?」

「鼻くそはもっとずっと後だよ。」

「あ、死んだからおばあちゃんと暮らしてるのね。」

「そう。」

「9時になるとね、お母さんが来るの。

おばあちゃんの上に乗っかって、

おばあちゃんが苦しそうで、うーん、うーんって顔してるの。」

まじか・・・金縛りにあってるのかな?

「呪いみたいな?」

「怖い話じゃないよ、普通の。」

 

・・・十分、怖いけど?

 

「男の子にはお母さんが見えるの?」

「うん。一緒に空を飛んだり。」

「お母さんは死んでるって分かってるの?」

「だからね、一番最後の絵本の分厚いとこの後ろの絵は、

お母さんがお菓子食べて、太ってるの。」

 

・・・本の表紙が厚紙で、表4に描かれてる絵の事を

説明しているってことであってるかな?

 

「ママは死んじゃってて、一緒じゃない。」

「えっ!一緒じゃない?」

「間違えた。死んじゃってても、いつも一緒ってこと。」

なぜ、そこを間違えるんだ・・・?

 

ほほう。面白いな。ちゃんとストーリーを追えてるのか。

ほんと、録音しとけばよかった。

書き起こしたら面白かったな、正確に娘がどういう表現をしたか、

今となっては思い出せない。もったいない・・・。

 

最後に、私からいやらしい質問。

 

「お母さんが死んじゃうっていうのはどう思った?

悲しくなったりしなかった?」

「本の、お話を読むのに必死で、そこはあんまり気がつかなかった!」

 

それから、お話の中のことだから、というようなことも

言っていたけど、どういう表現だったか思い出せない。

 

6歳の娘が、どういう風に世界を見てるか、

垣間見れたような感じがして、面白いひとときでした。

 

もっと、根掘り葉掘り聞きたかったのですが、

娘にとっては、取り立てて話があるテーマではないようで、

次第に「わかんない」「忘れた」が多くなって終了しました。

 

本を読んでない私の感想

 

『ママがおばけになっちゃった!』は、

本屋さんで平積みになってるのを

見たことがあって、

「これが売れてるのかー」と思った記憶があります。

 

こういうの好きじゃないなあ・・・と手に取らなかったのですが、

子供に与えられる絵本は、まず親によって

ふるいにかけられてるってことですね。

 

でも「見せたくない」なんて思っても、

幼稚園には置いてあるわけですし、

悪質で、絶対に目に触れさせたくない!

というものでは、もちろんないわけです。

確かに、母親を無くした子供にとっては辛い内容だから、

そういう子がいる幼稚園・保育園などでは

慎重に子供の様子を見ながら、対応してくれたら

良いなあと思います。

「死」は絵本の主要なテーマ

 

子供は、「死」とか「おばけ」とか「異空間」とか、

そういうものに強く惹かれるものです。

 

自分の子供の時のことを思い出すと、

けっこう恐ろしい話に

勝手に、心惹かれていたと思います。

 

例えば、民話とか。

今、思い出しても不気味さが蘇ります。

 

海の水を全部飲んで、そのまま岩になった話とか。

村を救うために人柱になった男の話とか。

二度とたどり着けない山の中の花畑の話とか。

 

娘が好きで、一時期、毎日のように読んでいた

『かじやとようせい』というスコットランドの昔話なども

結構不気味です。

 

 

「死」とは「不在」ではない

 

『ママがおばけになっちゃった!』は、

自分の中では、おばけもののジャンルには含まれていません。

読んだことないけど。

これは、「死」の理不尽さとか不可解さなどがテーマではなく、

「死」によって起こる「不在」を取り扱ってる話ではないかと

思ってるといえばいいでしょうか。

 

例えば、言うことを聞かない子供に対して、

「一人で何でもできるって言うのなら、もう勝手にしなさい!」

と怒って、置き去りにして帰って来ちゃう、みたいな意味の不在感。

 

で、その不在感を子供に示すやり方は

多くのお母さんたちにとって、

出来れば使いたくない最終手段です。

 

でも、子供がいうことを聞かなくて

ほとほと困りきった時には、

「もうあなたにお母さんは必要ないってことだね」

と子供を恫喝して、

何とか場を収めるということも

多かれ少なかれ経験があるのではないでしょうか。

 

そして後で、

「もっとうまいやり方があるはずなんだろうなー」

という自責の念に駆られるという。

 

子供を罰する気持ちで

公園に一人で置き去りにして、

泣いて謝らせたい、

そういう衝動に駆られる時でも、

短い時間でも子供を一人にして、

取り返しがつかない

最悪な事態が起こってしまったら

という心配は常にしているから

結局は子供を置いて帰るなんてことは出来ない。

 

置いて帰れないのは

自分に勇気がないからではなくて、

子供がいなくなって本当に困るのはママだから。

 

その葛藤と諦めこそが母性の正体である!

なんていったら大げさですが、

まあ、子育ての醍醐味だとは思ってます。

 

だから、私には共感出来そうになくて、

魅力的に思えなくて、

手に取る気にならなかったのかな?

 

一つ思い出したことがあります。

 

娘が2歳くらいの時に、

「おかーちゃん、大好きー!」みたいなことを

言ってくれたのですが、

「おかーちゃん大好きなら、お部屋の片付け手伝ってよ」

と言っても「???」って感じでした。

「大好き」って気持ちと、「大好きな人に好かれたい」から

「気に入られるような行動をとる」のは、

それぞれ全く別の話だって言うことに、

その時、気がついたんですよ!

 

子供の論理と大人の論理は思った以上に違うから、

絵本のメッセージが、額面通りに

受け取られることはありえないし、

またその必要もありません。

 

懐の深い絵本というのは、一つのお話で、

子供にも大人にも、それぞれに向けたメッセージを

送ってくれるものだと、最近は思っております。