母との会話でわかったこと

 

11月30日は母の誕生日です。

今年で75歳になりました。

 

孫と子に囲まれたおばあちゃん

 

昨日は、子供たちと誕生日ケーキに

ロウソクを立ててお祝いして、

母の大好物の餃子をみんなで食べました。

 

・・・なんて書くと、

柔和で慈愛に満ちた笑顔のおばあさまと

天使のように可愛らしい子供たち、

それをみて涙ぐむ今は母となった娘・・・

 

みたいな絵が想像されますが、

現実は修羅場ですよーーー!

会話が噛み合わない

 

母とは別に仲が悪いとか全くなく、

子供の面倒を見てくれるし、

心底、元気で長生きしてくれたら良いな〜と

思ってます。

 

しかし、昔から会話が全く噛み合わない。

 

高校生の時には、

何を言っても分かってもらえなくて

お腹が痛くなっちゃったことも

多々あります。

 

結構、衝突したと思う。

 

まあ、でもグレずに、大学まで行かせてもらって

本当に感謝してます。

口論みたいになってしまった

 

ビール飲んで話しているうちに

口論みたいになってしまいました。

 

私が勝手にヒートアップしてしまったのですが。

 

娘にはこういう風になってほしい、

というようなことを語ったら、

 

子供はほっときゃあ勝手に育つものよ的なことを言われ、

カチンときてしまったのです。

 

私は、中学2年の時に、

学校は勉強をしに来るもんだって

気がつくまで、

テスト前でもほとんど勉強したことないし、

 

自分が小学校低学年の時点で既に

算数・理科なんかはつまずいていて、

未だに距離と速度の計算とかよくわからないです。

 

子供心に、

「お母さんがもうちょっと面倒見てくれたらなあ・・・」と

感じていました。

 

勉強は楽しいってことを、

早い時期に教えてくれたら、

前向きに取り組めたのではないでしょうか。

 

母は、自由放任主義を標榜していて、

勉強ばかりしていては感性が育たない、

というような考え方の人だったように思います。

なかったことにしないでくれ

 

で、私は

「一緒に勉強をやってくれてたら、もっと出来たと思う」と

母に伝えたら、

 

母は、

「そんなことないわよー!」

「私だって一生懸命やったのよー!」

「親のせいだって言うの?」

まあだいたいこんな感じのことを言って来ました。

 

そっから先は平行線で、

私が「子供の頃こう感じていた」と言う話は

ことごとく、

 

「そんなことない!」

「そういうつもりじゃなかった!」

 

と否定されてしまいました。

 

なんで、

自分が子供の頃に感じていた感情を

勝手になかったことにするんだろう?

 

私は「あった」って言ってるのに、

お母さんは「なかった」って言うんだよ。

 

「あった」から「あった」って言ってるのに、

不思議だねえ・・・

教訓

 

私も娘に言ってしまったことがあります。

 

「おかーさんは、私より2歳児の方を可愛がっている!」

と指摘されて、やっぱり、

「そんなことない!」って言いました。

 

娘が感じたことを訴えて来ているのに、

咄嗟に否定しています。

 

もちろん逡巡もしています。

 

「そうだよ〜」とは言えないし。

 

だからこれは答えがイエスかノーではないんです。

そんなことを言ってほしいんじゃない。

「そう言う風に感じたんだね、ごめんね。」って

言わないといけないと思うんです。

 

感じたことをなかったことにしてはいけません。

それから

自分は親なんだから、

子供と対等の目線になっちゃいけないんです。

 

子供に寄り添って、安心させてあげないと。

 

親が、子供に、自分の考えを理解してほしい!

なんて、押し付けるのは甘えでしかないです。

まあ親子だからねえ

 

娘はヒートアップする私たちの会話を聞いていて、

喧嘩を止めないと、

と思ったらしく、

しきりに会話に入って来ようとしていました。

 

その制止も聞かずに、

言いたいことは全部言わせてもらいました。

 

糠に釘なのは、

もう40余年も一緒にいるので

よくわかっています。

 

娘に「なんか喧嘩みたい」って言われました。

 

「喧嘩じゃないよ。親子だから良いんだよ。」

と言っておきました。

 

娘が私に挑みかかって来た日には、

真っ向から勝負してやろうと

思っています。